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ネットでわらしべ長者HOME > 節約生活 >私たち夫婦の節約生活考 |
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二人ともなけなしのお金をはたいて海外へ出てきていた身なので、帰国後は当然お金がない状態での新生活のスタート。2002年冬のことです。 幸い、夫の両親の持ち家が空き家になっていたので、そこで住まわせてもらうことになりました。 貯金も全然ないのに、赤ちゃんはもうすぐ生まれてくる! 私は将来の金銭的不安ということよりも、赤ちゃんと会える日を夢みて、妊娠中の日々を過ごしていましたが、夫からしてみると「なにがなんでも、石にかじりついても、妻と生まれてくるわが子を守っていかなくては!」とものすごい責任感とプレッシャーを感じていたそうです。 そして、2003年6月に長女を出産。夫も私も初めての育児に一生懸命で、めまぐるしい日々が続きました。子どもはとてもかわいく、自分たちの人生の中心が、自分たち自身から子どもに移ったように感じました。 2004年6月に第二子妊娠が発覚。計画的なことではなかったので、驚きと戸惑いももちろんありましたが、それよりも「嬉しい!」という気持ちが強かったです。そして、「長女も、これから生まれてくる赤ちゃんも、大切な私たちの子どもだから、絶対にその子たちを幸せにしてあげたい。そのために自分たちはどうするべきか。」ということを二人でたくさん話し合いました。 このころから、漠然としていた私たちの将来へのビジョンが固まりつつありました。日本を脱出して海外生活という、いわば刹那的なその場その場の連続のような生活をしてきた私たちですが、自分たちはそれでよくても、子どもをそれに付き合わせてはいけないと感じました。 今日が楽しければそれでいいというような生活ではなくて、明日のこと、来月のこと、来年のこと、10年後のこと・・・、そういった計画性とビジョンを持ち、地に足の着いた生活をしたいと強く思いました。 △年後には長女が小学校入学だから、それまでには〜という状態になっていたい、などなど、子どもが生まれたことによってさまざまな予定に日付をつけることができました。 願望を本当にかなえたいと思ったら、自分でその願望に日付をつけなければいつまで経ってもそれは叶わないそうです。子どものおかげで、ようやく私たちの将来の願望や夢に、日付を入れることができました。 そして、そのような気持ちになれたことで、改めて生活というもの、節約というものを考えられるようになりました。しかし、節約って何だろう? 爪に火を灯すような、切り詰めた貧乏くさい生活は私たちの本意ではありません。貧乏なのは仕方ないけれど、貧乏くさいのはいやだから・・・。 生活を考える上で、お金のことは切っても切り離せない重要な要素です。 「お金がなくても幸せ」という人もいますが、お金がないために不自由を強いられる場面は、人生において多々あると思います。 子どもに分不相応な贅沢をさせようとは思わないけれど、たとえば子どもが「海へ行ってみたい」と言い出したときに、「家族で遠くに出かけるのには、ガソリン代、高速代、宿泊代、食事代・・・、たくさんのお金がかかるのよ。 うちにはそんな余裕がないから、海へは連れて行けないわ。」とは言いたくないのです。 「海が見たい」という子どもの好奇心や願望の芽を摘んでしまうことの理由が、「お金がないから。」というのは、どうしても嫌なのです。子どもの願望すべてをかなえることはもちろんできないし、するつもりもないけれど、「してあげたいのにできない」ことの理由が、お金であるのは残念なのです。 本田健さんはその著書の文中で、「自由とは、好きな場所で、好きな人と、好きなことができることである。」と述べています。そして、経済的に自由である、というのは、そのような状態を作り出せたときに、初めて言えるのではないでしょうか。 私が節約をするうえで10円20円という細かい数字のことをほとんど考えないのは、それがお金に振り回されているように感じてしまうからです。 お金に振り回されるのではなくて、お金と上手に付き合っていきたいと思います。人間はお金を使って社会生活を営むのであって、お金に使われてはいけないはず。 お金は単なる紙切れや金属片であって、それにさまざまな付加価値を加えるのが人間なのですから、昔話に出てくるようないじわるじいさんや、時代劇に出てくるような悪代官のように、お金をしこたま溜め込んで悦に入ることは意味がありません。 「お金をひたすら集めて満足すること」が生活の目的ではなく、将来への願望やビジョンがあって、それを実現するために必要なことを日々行っていくことが、節約生活なのではないでしょうか。 毎日をその場限りに刹那的に生きるのではなく、 また将来のためにいまはあらゆることを我慢して過ごすのでもなく、 将来のためにすべきことを考慮しつつ、今日という日を楽しく暮らすこと。 それが、バランスのよい節約生活だと思います。 今日を楽しく暮らすことができないのに、どうして将来楽しい暮らしが待っていると思えるのでしょうか。今日という日だって、昨日の自分から見れば、間違いなく「未来」の一部であったはずなのですから・・・。 |
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